透析を受けながら活躍する人々

掲載:2015年 vol.21

古山正樹さん
今や古山さんの人生になくてはならない“相棒(ギター)”と一緒に。好きなことに邁進する充実感が笑顔にあらわれて。

家族や仲間、職場のみんな。
支えてくれる周りの人たちに
感謝しています。

古山 正樹さん

会社員・アマチュアフォークバンド ボーカル

古山 正樹さん
1956年、静岡県磐田市生まれ。大学卒業後、ITソフト関連の企業に入社。当時はまだ珍しかったホームページの作成をはじめ、ITに関する企業コンサルティングやセミナーなどを行う。30歳の頃に慢性腎炎と診断され、その後50歳頃から保存期の食事制限を行う。また、ブログで透析の情報や日々の思いを発信。52歳で血液透析を導入。同じ時期、友人の誘いで、高校時代に取り組んでいたフォークギターを再開。今では週に1度はイベントで演奏するなど、多忙ながら充実した日々を楽しんでいる。

透析の情報が少なく悩んだ日々。
同じ状況の人をサポートしたい。

古山正樹さん

「一度は塩分を制限しすぎて力が入らなくなった」と古山さん。「摂り過ぎはいけないけど、体に塩分は必要。今は自分にとっての適量がわかるようになりました」。

休日はイベントなどでギターを演奏

市内を中心に、休日はイベントなどでギターを演奏。古くからの友人と共に思い切り音楽を楽しむ、かけがえのない時間。

 透析を導入したのは、52歳の時です。私は30歳頃に腎生検で慢性腎炎と診断されたのですが、当時特別なケアは何もしていませんでした。ところが50歳頃に突然足の甲が痛くなって。整骨院へ行ったら「内臓に原因があるのではないか」と言われて、改めて診てもらったところ腎臓がかなり弱っていたんです。医師には、すぐにでも透析をとすすめられましたが、ギリギリまで自分の腎臓でがんばりたいと思い、まずは食事などの生活改善から始めました。その頃の私は、今よりふっくらとしていて、ダイエットの意味もありました。妻が毎日お弁当を作ってくれて、最初は量にもの足りなさを感じましたが、1週間ほどですぐに慣れました。朝夕の食事も、毎食細かい成分量を計測するとなると妻も大変なので、相談して、同じおかずでも私の分はほとんど味付けをせずに取り分けて自分で調整し、家族の分は改めて調味料を足すという風にしました。こうして食事制限を行い、たばことお酒をやめ、知り合いのすすめでチベット体操にも取り組んだ結果、1年で20kgも減量しました。体がとても軽くなったと感じましたね。
 この頃、ダイエットの効果が出るのが楽しくて、体重のグラフを付けてネットで公開していました。そこに日記なども書き込んでいましたが、その後透析を導入することになって、「透析に関する内容を独立させよう」と考えました。というのも、私が透析について考えるようになって以降、いろいろ調べる中で「世の中には透析に関する情報が少なすぎる」と感じたからです。もちろん医師に質問すればその都度教えてくださいますが、そもそも透析がどういうものか最初はわかりにくい。それに一般的に、診断から透析導入までの期間が短いことが多いでしょう。だから、まず何から考え始めれば良いかわからないうちに治療が進んでしまうという現状があるのです。知識はもちろんですが、気持ちが追い付いてこないという面もあります。ですから、私が自分の経験やその時の思いを伝えることで、少しでも同じ状況の人たちの支えになったり役に立てばうれしい。そう思いながら発信しています。
 今私には新たな楽しみがあります。それは52歳で再開したフォークギターです。高校時代、文化祭で演奏するために始め、その後は遠ざかっていましたが、今は当時の同級生をはじめとするメンバーで演奏しています。ライブは月に1回、他にも最近は週に1回ほど市内のイベントなどにも出演して、思い切り楽しんでいます。こうした仲間や家族、職場の人たちなど、私は本当に周りの人に恵まれて生きています。これからも感謝を忘れずに、日々過ごしていきたいです。

古山さんが情報を発信するブログ

古山さんが所属しているバンドのホームページ

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