透析を受けながら活躍する人々

掲載:2017年 vol.29

佐野ゆかりさん
佐野さんがオーナーをつとめるハワイアンカフェ「ココロコ」にて。明るい陽射しと、優しい木目の店内でくつろぎの時間が過ごせる。

膵腎同時移植を希望し、昨年登録しました。将来は、今までできなかったことに、挑戦したいです。

佐野 ゆかりさん

ハワイアンカフェ オーナー

佐野 ゆかりさん
1967年、北海道士別市生まれ。13歳の時に遺伝性の1型糖尿病と診断され、治療を始める。高校卒業後、旭川のエステ会社に就職。建築会社に転職し、職場で知り合ったご主人と結婚。31歳の時、血液透析を導入。その後、旅行で出かけたハワイに魅せられ、ハワイアンカフェ「ココロコ」を開店。カフェ経営の一方で、ご主人が経営する携帯電話ショップの経理も担当する。現在はハワイのヒルトンホテルのタイムシェアを利用し、年に1回、社員旅行などでハワイを訪れ、現地で透析も行っている。

体がつらい時や不安な時、主人の「なるようになる」という言葉に救われました。

 旭川でハワイアンカフェを経営しています。高校を卒業後に旭川で就職して4年ほどエステの仕事をした後、転職した建築会社の職場で主人と知り合って結婚しました。今はカフェの他に、主人が経営している携帯電話ショップの経理なども担当しています。
 私は13歳の時に、父からの遺伝性の1型糖尿病と診断されました。20歳を過ぎた頃、急に目が見えなくなって診察してもらったら眼底出血していて、網膜剥離でした。その後腎盂炎を繰り返し、31歳で血液透析を導入。2、3年は体調がすぐれず、シャントも数回作りかえました。他にも副甲状腺や卵巣嚢腫の手術もしています。いろんな不調やその治療につらさやショックを覚えないわけではありませんが、それよりも私は「病人として扱われたくない」という気持ちが強いんです。これは子どもの頃から抱いてきた思いでした。大人の方が多い糖尿病の治療を13歳でするようになったことや、幼い頃から父がインスリン注射をする様子を日々目近で見ていて、複雑に感じていたせいもあるかもしれません。自分が糖尿病だと周りの友達に知られるのも嫌で、小・中・高校ではソフトボールに打ち込んだり、陸上やスキーの大会にも出るなど、とにかくスポーツに力を入れていましたね。
 主人との出会いや結婚で、私の人生は大きく変わりました。彼は、糖尿病や透析について詳しくないのですが、それが“特別扱い”しないことにつながっていて、私も気を遣わなくていいので気楽です。もともと落ち込んだりクヨクヨする性格ではありませんが、それでも仕事に追われてしんどい時や心配ごとがある時に「なるようになる」と言ってくれる言葉に、どれだけ救われたかわかりません。結婚前から同じ職場で働いていることもあって、“家族”であると同時に“上司”や“同志”でもあり、日々支えてもらっていることに心から感謝しています。
 今は職場のスタッフにも恵まれて、毎日楽しく働いています。ハワイアンカフェを開こうと思ったのは、初めてハワイに行った時の経験が素晴らしかったからです。明るく解放感のある雰囲気が魅力的で、とりこになりました。本当は、透析を導入する前に行く予定だったんですよ。でも急に手術が決まってしまって、透析を始めてから旅行したんです。現地で透析もしました。日本語を話せるスタッフがいる施設なので安心です。今でも社員旅行などでハワイに行くのですが、日にちが決まるとそのスタッフの方に連絡してサポートしてもらいます。もう友人のようです。
 透析のことでは、現在、移植を希望しています。透析を始めて18年ほどたった頃に現在お世話になっているクリニックのスタッフの方と移植について話すことがあり、意識するようになりました。そこで、糖尿病との関係から膵腎同時移植について教えていただき、検査を経て昨年の秋にようやく登録が完了しました。ご縁があって移植が叶ったら、今までできなかったことをしたいですね。例えば現在のカフェを広げてスペースの半分をドッグカフェにしたり、ハワイ以外の国にも旅行してみたい。まだまだ楽しみたいことがいっぱいあるから、これからも前向きに、毎日を大切にしながら過ごしていきたいと思います。
佐野 ゆかりさん

目を輝かせながら、ハワイについて語る佐野さん。「現地でツーリングをしたり車でドライブをするのが一番の幸せを感じる時間です」。

ハワイアンカフェ ココロコ

北海道旭川市東光3条7丁目1-17
TEL 0166-39-3566
(営業時間11時〜15時・17時〜21時/水曜日定休)

http://cocoloco.jpn.org/

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