透析を受けながら活躍する人々

掲載:2020年 vol.39

櫻井 恵一さん、めぐみさん
人とのつながりを大事にし、機会があれば二人で遠方の友人たちにも会いに行くそう。
「これまで東京や北海道、神戸など、いろんなところへ出かけて行きました。
できるだけ今後も続けていきたいですね」と話す昭男さんと千恵さん。

人生で出会ったたくさんの
素晴らしいご縁に感謝しながら、
今2人で楽しめることを長く続けていきたい。

功刀 昭男 さん
貴金属加工業
功刀 千恵 さん
事務職員
功刀 昭男さん
1970年、山梨県甲府市生まれ。生まれつき尿管が太かったことから膀胱から腎臓へ尿が逆流し、腎臓の機能が低下。11歳で手術を受けたが、14歳の時に血液透析を導入。18歳で腎臓移植し、その後血液透析を再開。高校卒業後、中学時代の先生の紹介で、透析をしていた先生の弟さんに貴金属加工業の仕事を教わる。34歳で独立。山梨県腎臓病協議会の集まりで千恵さんと出会い、1年後に結婚。現在は自宅にある工房で仕事をしながら、千恵さんと一緒に週に3回・4時間の夜間透析へ通っている。休日は夫婦でドライブや外食を楽しむ他、時には旅行や、月に1~2回東京への通院帰りには友人と会うなどアクティブに過ごす日々を送っている。
功刀 千恵さん
1971年、山梨県都留市生まれ。小学生の頃から貧血ぎみで、高校時代には造血剤を服用するほど症状がひどくなる。18歳で就職後、腰痛に悩み、整形外科に通うが原因がわからず、内科で慢性腎不全と診断される。保存期を送る中、尿毒症により23歳で腹膜透析を導入。仕事も続けるなど治療は順調だったものの、長年続けてきたため血液透析への移行を見据えてシャントを作成。半年後、腹直筋症候群により32歳で血液透析を導入。現在は治療をしながら、事務職の仕事や家事も両立。「今が本当に楽しい」と、支えてくれる人たちへの感謝を胸に毎日を過ごしている。

つらい時、互いに言わなくてもわかり合える安心とうれしさ。

―お二人は、山梨県のご出身ですね。

昭男
はい。私が甲府市、妻が都留市の出身です。山梨県の腎友会(山梨県腎臓病協議会 青年部)があるのですが、その有志の会の集まりで出会ったのがご縁で結婚しました。
千恵
結婚して約10年になります。“前向きで行動的”という夫の印象は今も同じです。休日は二人でドライブに出かけて、ランチを食べることも多いですね。
昭男
月に1、2度は東京の病院で診療を受けているので、帰りには友人に会ったり買い物も楽しみます。

―透析にも、一緒に通院されているそうですね

千恵
はい。今は二人とも週3回・4時間、夜間の血液透析を受けています。
昭男
車で通院しているのですが、もしどちらかの体調が悪くなっても二人だと運転を代われるのはとても安心ですね。それに、お互いに透析をしているので、心身のつらさを言わなくてもわかってくれるところが、ありがたいです。

―透析を始められたきっかけを教えてください。

昭男
私は生まれつき尿管(腎臓と膀胱をつなぐ管)が太く、尿が膀胱から腎臓へ逆流してしまって。11歳の時に手術したのですが、あまり改善されずに14歳で血液透析を導入しました。18歳の時には移植もしましたが、適応が難しかったのか、現在は血液透析に戻っています。
千恵
私は小学生の頃から貧血で倒れることがありました。高校に入るとさらにひどくなり、造血剤を服用していました。18歳で就職してキーパンチャーの仕事を始めた頃、腰に痛みを感じるようになって。つらくて病院の整形外科で診ていただいたんですが解決せず、いくつめかの病院で内科の診療をすすめてもらいました。そこで、腎臓の機能が弱っているとわかりました。腎生検の時には、腎臓がかなり小さくなっていたそうです。保存期の間に栄養士さんから食事管理を学び、23歳で腹膜透析を導入しました。そして9年後の32歳で、血液透析へ移行しました。

―保存期や導入までで大変だったこと、つらかったことはありますか。

昭男
子どもの頃から透析をしているので、特に食事制限などでつらいと感じたことはありません。手術をしたり透析に通っていることで、まわりのみんなと同じように過ごせないこともありましたが、友達はいつも私に声をかけて支えてくれました。ひどい貧血を起こしていた時期も、みんながサポートしてくれたから修学旅行にも行けたんです。
千恵
保存期に入って食事を変えなくてはいけなかったことが最初は大変でした。当時はリンやカリウムよりも、とにかく塩分を控えるように指導していただいたのを覚えています。それから、最初の腹膜透析はとても自分に合っていて仕事も十分にできていたので、できれば血液透析へ移行せずにそのまま続けたかったという思いはあります。

―現在、お仕事との両立はいかがですか。

千恵
私はいま会社で事務の仕事をしています。夜間透析なので続けられているのが、ありがたいなと思います。
昭男
自宅にある工房で、貴金属加工業の仕事をしています。アクセサリーなども手がけるんですよ。実は中学校の先生の弟さんが私の親方なんですよ。20歳頃からお世話になって34歳で独立し、今も年始のご挨拶には必ず伺います。今の私があるのは、家族や友人はもちろんですが、親方のおかげでもあります。仕事が自宅でできるので、透析があっても比較的時間の調整がしやすいのは助かります。

―今後の夢を教えてください。

櫻井 恵一さん、めぐみさん
お互いのことやご家族、お世話になっている人たちについて、大切に語るお二人。やさしい笑顔と仲睦まじい様子に、周りの雰囲気も和みます。
昭男
「現状を維持していくこと」です。旅行やドライブなど、今2人でしていることを長く続けていきたいです。昨年できたことでも、今年は大変に感じることが出てきます。なるべく行きたい所へ行き、できることはやっておきたいと思っています。
千恵
私も同じです。できるだけ「変わらないこと」が大切だと感じます。私たちは、本当に良い方たちとのご縁に恵まれていて、こうして感謝できていることが幸せです。これからも毎日を楽しみながら、過ごしていきたいです