豊かな風土と文化が今に生きる
滋賀・昔町風景

掲載:2016年 vol.23

白鬚神社の鳥居<

日本一の大きさを誇り、四季折々の水辺の風景が美しい琵琶湖。
古くから、地域の人々の身近にあり、その生活をうるおしてきました。
また、近江商人によって発展した周辺の豊かな文化は、今も町の至るところで感じられます。
今回は、おおらかな時間が流れる、滋賀の魅力をご紹介します。

白鬚神社の鳥居
沖島を背景に、琵琶湖畔に浮かぶ朱塗りの大鳥居。鳥居が水中にあることから、白鬚神社は「近江の厳島」とも呼ばれる。

人々の暮らしを支え、
生命を育んできた母なる湖。

 近畿地方の北東に位置し、日本一大きい湖「琵琶湖」を有する滋賀県。人々の暮らしを支えてきた琵琶湖は、今から約400万年前に誕生した、世界でも有数の古代湖です。面積は約670km2、周囲約235kmで、滋賀県全体の実に6分の1を占めています。「母なる湖」「近畿の水瓶」と呼ばれ、琵琶湖・淀川水域(滋賀県と、京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・三重県の一部)の生活水を約13年分まかなえる貯水量を誇ります。湖の周辺には緑が広がり、多種の動植物が生息。人もまた生活の中で水と深く関わり、その恵みに預かってきました。人々は湖を尊び、いつしか信仰の対象として敬うようになります。湖上に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)は、「神の斎(いつ)く島」として今も船で参詣に訪れる人が絶えません。また、近江最古の白鬚(しらひげ)神社は垂仁天皇の御代の創建と伝えられ、湖中に鳥居が佇む姿はとても神秘的です。

白鬚神社(社殿)

白鬚神社(社殿)
全国にある白鬚神社の総本社。豊臣秀吉の遺命で、秀頼公によって1603(慶長8)年に建立。檜皮葺・入母屋造りの本殿は国の重要文化財に、1933(昭和8)年建築の社務所は昭和の文化財として価値が高く、国の登録文化財に指定されている。

竹生島

竹生島
長浜市の沖合に浮かぶ、周囲2kmの島。時間を忘れてしまうほどの美しさから「日暮御殿」と呼ばれる都久夫須麻神社や、国宝の唐門を有し、日本三弁才天の一つを祀る宝厳寺があり、湖のエネルギーが集中する島とされている。

陸の街道や、水路が発達。
商人によって栄えた近江国。

 琵琶湖の東岸に広がる、近江八幡市。かつて豊臣秀吉の甥・秀次が築いた八幡山城の城下町として整備されました。秀次がその後早くに他界したため城は廃城となりましたが、近江商人の町として発展。江戸日本橋から京都三条まで東西を結んだ「東海道」や「中山道」、敦賀から大津まで南北を結んだ「北国海道」など、主要な街道が合流する陸上の要衝で、「近江を制する者は天下を制す」といわれました。また交通の利便性の良さから、「近江商人」が全国からさまざまな物資や情報をもたらし、文化が栄えました。
 また陸上だけでなく、琵琶湖の水を利用した水路「八幡堀」も造られ、荷船が行き交いました。もとは八幡山城の築城の際に、市街地と琵琶湖を連結するために整備。城を守る軍事的な役割と、水運を利用する商業的な役割を兼ね備えていました。江戸時代にはもっぱら商業に活用され、近江商人による町の発展を支えました。堀沿いには、裕福な豪商たちの白壁の土蔵や旧家が建ち並び、今もその姿を見ることができます。現在、八幡堀を含む旧市街地は「近江八幡市八幡」の名称で、重要伝統的建造物群保存地区に選定。昔ながらの町の風景をゆったりと歩きながら味わう他、船上からの眺めを楽しめる「八幡堀めぐり」も人気です。
 ところで「近江商人」は、近江国の外へ進出した商人を指したもので、近江国内のみで商売をする人々は「地商い」と呼んで区別されていました。近江商人は江戸っ子もうらやむほどの商才で、「琵琶湖の鮎は外に出て大きくなる」という言葉も生まれるほど全国で活躍し大成した人も多かったそうです。近江商人の思想(哲学)として有名なのが、「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」。商売は、売り手の都合だけでなく、買い手が心から満足し、商いによって地域も発展させていくことが大切、という考え方です。現在でも、近江商人の流れをくみ、その思想を受け継いでいる企業がたくさんあります。
 さて、近江商人たちは全国に進出して活躍しましたが、地元・近江に本宅を残していました。その暮らしぶりは、「近江八幡市立資料館」や「五個荘近江商人屋敷」でふれることができます。主屋を中心に、数寄屋風のはなれや白壁の土蔵、池や築山など趣向をこらした庭は見もの。立派な構えながら、暮らしの知恵と工夫にあふれ、質素倹約を重んじた近江商人の生活が垣間見えます。

近江商人屋敷 近江商人像

近江商人屋敷 近江商人像

近江八幡市

近江八幡市
八幡城下の北部を東西に貫く「京街道筋」の一角。かつては商いの町として大いに栄えた。現在もいくつかの商店街が残り、「京街道門前通り」と名づけられている。

五個荘近江商人屋敷

五個荘近江商人屋敷
五個荘の金堂地区には、近江商人の屋敷や蔵が今も残り、往時の商人の暮らしを伝えている。写真は外村繁邸。他に外村宇兵衛邸、中江準五郎邸、藤井彦四朗邸の合計4館が一般公開されている。

湧き出る名水でうるおう、
昔ながらの針江の暮らし。

八幡堀

八幡堀

 滋賀の豊かな水を象徴する琵琶湖ですが、そのすぐそばでこんこんと水が湧き出る地域があります。滋賀県の北西部に位置する「針江(はりえ)地区」です。湧水はこの地区を流れる針江大川に合流し、最終的には琵琶湖に注ぎます。
 針江では、集落の中を巡る水路やその水を生活に利用したシステムを「川端(かばた)」と呼びます。また、各家庭に湧き出す水を取り入れた炊事場をそう呼ぶこともあり、母屋の内部にあるものを「内川端」、別棟や屋外にあるものを「外川端」といいます。地元では、飲料水としての他、野菜を洗うといった生活用水としても活用。162世帯のうち、約100軒以上が今も現役で利用しているそうです。「平成の名水百選」にも選ばれており、水路や針江大川には、清流にしか生息しないとされる梅花藻(ばいかも)が咲き、清流を好む湖魚などが遡上します。
 針江地区は、その豊かな水の文化や美しい景観から、隣接する霜降地区とともに国の「重要文化的景観」に選定されています。また、同地区でのエコツーリズムを実施。地域の素晴らしさを広く伝える活動を行っています。

梅花藻 梅花藻

梅花藻
澄んだ水にしか生息しない梅花藻。様々な生きものが清流を求めてやってくる。

針江地区

針江地区

八幡堀

八幡堀
琵琶湖水運の要衝として造られた堀で、かつて琵琶湖を行き交った船はこの運河を利用していた。現在は、船上から町の風景や季節の花々を楽しむ「八幡堀めぐり」が人気。

生水(しょうず)の郷「針江」の川端

生水(しょうず)の郷「針江」の川端
地域住民が「生水(しょうず)」と呼ぶ美しい水が湧き出る、針江の川端。個人宅の川端は、地元ガイドが同行しない場合は見学不可のため注意。

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