松山・道後・内子をめぐる
愛媛レトロ旅

掲載:2016年 vol.24

松山城

四国地方の北西、
瀬戸内海に面した愛媛県。
穏やかな気候や自然に恵まれたこの地で育まれた豊かな文化は、時代を経て、現在も大切に守り、語り継がれています。
今回は、愛媛県の中でも江戸時代から近代までの風情を色濃く残す、松山・道後・内子の魅力をご紹介します。

温暖な瀬戸内の気候に恵まれた、
豊かな自然と歴史が魅力の松山。

 西は瀬戸内海に面し、北と東は高縄半島の山々、南は皿ヶ峰連峰をのぞむ愛媛県・松山市。広大な道後平野の大部分を占め、また温暖寡雨という典型的な瀬戸内海気候の地域でもあります。もともと松山市は、松山城の城下町として発展しました。松山城は、加藤嘉明が1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いでの功績により20万石に加増され築城した平山城(平野の中にある山や丘陵に建てられた城)です。1603(慶長8)年、嘉明はこの地を「松山」と名付け、公式に松山という地名が誕生しました。松山城は四半世紀をかけて完成。その後、蒲生忠知や加藤泰興などを経て松平定行が城主となり、廃藩置県まで14代続きました。城は幾度となく焼失を繰り返したものの、天守は江戸時代のものが現存。2006(平成18)年には「日本100名城」、その翌年には道後温泉とともに「美しい日本の歴史的風土100選」にも選定されました。

地図 松山城ロープウェイ・リフト

松山城ロープウェイ・リフト
松山城への登城ルートは4本あり、いずれも20分ほど。傾斜が急なため、ロープウェイやリフトに乗るのが便利。景色も美しく、春には桜の中を進んでいく。

戦前の面影を今に残す、
日本が誇る名湯・道後温泉。

 松山市内にある道後温泉は、日本でもひときわ古く、3000年の歴史があり「日本三古湯」の一つとされています。古くは神話にも登場するといい、その昔、足を痛めた白鷺が岩の間から流れ出る湯に足を浸したところ、傷が癒え飛び立っていく様子を村人が見て、湯に近づくと温泉であったことが、道後温泉の発見とされています。この時の白鷺が舞い降りた跡が残っているとされる「鷺石」は、放生園という公園の一角に据えられています。道後温泉街には、土産物屋や飲食店が軒を連ねる商店街があり、その中心に道後温泉本館があります。戦前に建てられた近代和風建築で、国の重要文化財や、経済産業省の近代化産業遺産にも指定されています。温泉は「神の湯」「霊の湯」の2種類。アルカリ性単純泉の湯質で、湯治や美容に良いとされる、なめらかな肌あたりの湯です。館内には、休憩できる大広間や個室があり、湯あがりにゆったりとくつろぐことができます。また、展示室では、昔の入浴券である湯札や掛け軸など貴重な資料が展示されており、道後温泉の歴史を感じることができます。さらに、又新殿(ゆうしんでん)も見どころのひとつ。1889(明治32)年に建てられた皇室専用の湯殿で、桃山時代風の優雅な建築に、備後表・高麗縁の畳や、透かし彫りが施された欄間、三枚重ねの桐を高麗張りにした天井、金箔に極彩色の枝菊が描かれたふすま、そして御影石の中でも最上とされる香川の庵治石でできた浴槽など、豪華なつくりになっています。1950(昭和25)年には昭和天皇が来浴されたそうです。その2年後を最後に又新殿は利用されていませんが、現在は浴槽や控室などを見学することができます。

道後温泉本館(内観)
2種類の温泉に加え、ゆったり休憩できる大広間なども歴史を感じさせる造りになっている。供されるお茶の湯のみは、地元愛媛の砥部焼。

神の湯

神の湯

神の湯2階席

神の湯2階席

霊の湯

霊の湯

霊の湯3階席

霊の湯3階席

夏目漱石や正岡子規など、
数々の文化人が愛した温泉と町。

道後温泉本館(外観)

道後温泉本館(外観)
重厚な近代和風建築がひときわ目をひく。周囲は夕方から活気が増し、夜にはいっそう賑わう。

 道後温泉は、夏目漱石とゆかりのある場所でもあります。漱石は旧制松山中学校の英語教師としてこの地に滞在していたことから、当時よく通っており、小説『坊っちゃん』の中で「住田温泉」という名で登場させるほど気に入っていました。当時使われていた個室は現在「坊っちゃんの間」として公開され、写真や胸像が展示されています。また小説の一説にちなみ、神の湯(男湯)には「坊っちゃん泳ぐべからず」の札が掲げられています。
 「坊っちゃん」は、地元でも大変愛されました。「坊っちゃん列車」「坊っちゃん団子」など、多くの商品やサービスでその名が冠されるようになり、これらは道後温泉の名物として全国にその名が知られています。

放生園・道後公園・坊っちゃん列車

坊っちゃん列車
小説『坊っちゃん』に登場する小型蒸気機関車を、ディーゼル車として復活させた路面電車。道後温泉から松山市駅・古町までの2路線を往来している。

道後公園
14世紀前半に築城された「湯築城」の跡を中心とした公園。桜の名所でもあり、見頃の時期には多くの人がお花見に訪れる。

放生園
道後ハイカラ通りの入口にある、小さな憩いのスペース。小説『坊っちゃん』のキャラクターが登場するカラクリ時計が有名。その横には無料の足湯があり、観光客にも人気。

 漱石以外にも、道後や松山は多くの文豪とゆかりがあります。近代俳句の父・正岡子規は、17歳で上京するまで松山で暮らし、病気療養で帰省すると道後にある漱石の下宿で52日間同居生活を送り、二人は文学論を戦わせたり、ともに俳句を楽しみました。高浜虚子と3人で温泉に通ったなどのエピソードも残っています。他に、吉川英治や菊池寛、与謝野晶子も来遊していたそうです。また、司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』の主人公が育った町として松山が描かれた他、『千と千尋の神隠し』の舞台として道後温泉がモデルになるなど、数々の作品に深い影響を与えています。

子規堂
子規堂

子規堂
正岡子規が17歳で上京するまで暮らしていた旧宅を復元した資料館。子規が愛用していた机や紀行文、写生帳など約100点の資料が展示されている。また堂の前では、昔の坊っちゃん列車も見学できる。

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